「お金がほしい」
「いい暮らしがしたい」
「幸せになりたい」
誰もがなんとなく口にしてしまう願望。そうなりたくでも、心のどこかで諦めていたり、不足している今の状態が当たり前だったり。
でも、ユミコは違います。
“幸せになること”を、当たり前に生きている女の子。
欲しいものために売春もするし、スリルやサスペンスを味わうためにワニだって飼っちゃう。
これは東京というたいくつな街で育ち「普通に」こわれてしまった女のこの “愛”と “資本主義”をめぐる冒険と日常のお話です。
『pink』あとがき
少女漫画のテーマでは聞き慣れない「愛」と「資本主義」とは・・・?
今回は「マンガは文学になった」とまで言われた、岡崎京子の人気作の一つ『pink(ピンク)』のあらすじと感想をお届けします。
目次
ここが魅力!『pink(ピンク)』
- ★ 読めば読むほど味がでる。
- ★ 読んだ人にしかわからない、形容しがたい読後感。
- ★ 30年前の連載にも関わらず、古さを一切感じさせない「絵のタッチ」と「ストーリー」。
『pink(ピンク)』のあらすじ
ワニの存在
一匹のワニと暮らす22歳のOL・ユミコ。
莫大なワニの食費のために、夜はホテトル嬢として働く日々。
ユミコ「つまんない仕事もBランチの毎日もあたし平気 関係ないもん だって私にはワニがいる (中略)それを守るためならなんでもするわ」
『pink』
彼女にとってワニは、非日常的なスリルとサスペンスそのもの。
つまらない仕事やたいくつな日常から逃避できる、もっとも大切な存在でした。
ハルヲとの出逢い
父親とは疎遠、自殺した実母のあとにきた継母とは全く気が合わず・・・。
ある日、継母の娘ケーコに衝撃的なスクープを聞かされます。
ケーコ「ウチの母親 最近若い男かってんだよ」
『pink』
ユミコは偶然、ウワサの継母と若い男に遭遇。タクシーで二人を追跡し、興奮気味に探偵ごっこに興じます。
ユミコ「すごいすごいすごい スリルとサスペンスだわ」
『pink』
ユミコはハルヲをつきとめ、それをキッカケに二人は次第に恋仲になってゆくのです。
継母の復讐
継母はユミコとハルヲが深い関係であることに気がつきます。
継母「はらわたにえかえる ふんまんやるかたなし ドハツテンツキとはこのことだわ!!」
『pink』
馬鹿にされたと憤る継母は、報復としてユミコが一番大切にしているワニを誘拐し・・・ラストは衝撃の展開が待ち受けます。
なんとも形容しがたい『pink』の感想
読んだ後、どんな感想を抱いたかというと・・・正直なんと言って良いのやら難しい。(ゴメンナサイ)
ハッピーでも、哀しい気持ちでもなく・・・でも確実に何かが自分の中を通過した感じはあって・・・残った感情は・・・虚無感?でもそんな簡単に表現できないのです。
決して“鬱マンガ”ではない
重苦しい場面も一瞬あったりしますが、登場人物はみな快活で生き生きしています。
決して鬱っぽい作品ではありません。不思議なことに。
作品に一切 “湿っぽさ”を感じないのは、ユミコの 「ドライ」で 「ストレート」な言動が理由かもしれません。
「ワニの餌にしてやる!!」と苛立っても、すぐに忘れて大好きなピンクを眺めてウフフとしている。
欲しいものは欲しい。がまんできない。だからたくさんお金を稼ぐために売春をする。
欲しいもの→お金→売春、という単純明快な思考回路のせいか、一切同情を誘わない。むしろ爽快感すらあります。
ただ、ユミコをみていると時々危うさを感じます。読者の私たちまで、なんだか寂しくて、ふわふわとした感覚に陥ります。
彼女のヒヤっとする危うさとは何なのでしょうか・・・
「幸せではない」イコール「死」
能天気に幸せを追い求めてるだけのようなユミコですが、彼女なりの人生観、というよりトラウマがあるように思えます。
「幸せじゃないなら死んだ方がマシ」と言ってユミコの母親は首を吊って自殺しました。
しかもそれを目撃したユミコ。生きるためには幸せでなければならない、という強迫観念を無意識のうちに抱えている気がします。
消費欲を満たすだけでは、幸せにはなれない。ユミコもそれを理解していたと思います。だからこそユミコにはワニという存在がありました。
お金と住まい(=資本主義)を失ってもへこたれなかったユミコですが、ワニ(=愛)を奪われたとたんに壊れてしまいます。
「どうして私はここにいるの?」
「だれかあたしをたすけておねがいです」
『pink』
結局はハルオの小説で得た賞金で一緒に南の島に行く、という新たな非日常を見つけてユミコは立ち直るのですが・・・
愛も結局は代替えできる。愛と資本主義は、相反しそうで、実は互いに組み込まれてしまえばおんなじ、ということなんでしょうか・・・。
30年前の作品が今でも共感を呼ぶ理由
この作品は30年前に描かれており、当時のあとがきにはこうあります。
現在の東京では「普通に」幸福に暮らす事の困難さを誰もが抱えています。
『pink』あとがき
ここでの「現在」とは30年前のことですが、「普通に」幸福に暮らす事の困難さを誰もが抱えてるのは、現代でも同じではないでしょうか。
生き方が多様化されている今、なんならもっと難しいかもしれません。
誰とも比べず自由に生きる。他人と違うことがカッコイイ。ナンバーワンよりオンリーワン。
だから逆に迷ってしまう。幸せを求める方法が多すぎて、難しすぎて、求める人ほどポキンともろくも壊れてしまう。
ユミコはまさにそのタイプでした。
OL同僚の女の子たちのように「お金欲しい~」「目指すは玉の輿!」と口にするだけ。もしくはハルヲのように、身の回りのことが順調に進み始めると「こんなに幸せでいいのかな・・・」と不安を感じてしまう。
そのくらいでいいのかも・・・、なんて私は思ったりしました。
『pink』の発売当時、まだ生まれてさえいなかった私が今読んでも古さを感じないのは、ほんとにスゴイ。
30年先も若者が抱えている問題は、結局は同じなのかもしれません。だからこそ名作といいたい!
- pink/
- 1巻完結/
- 岡崎京子